2007年08月21日

mono #155 : ブリキ製お茶筒
hunting spot : 開化堂@京都

京都、開化堂さんのブリキのお茶筒です☆
どうですかっ、美しいでしょー。
今はピカピカと輝いていますが、
使っていくうちに光具合が味わい深くマットになっていきます。

それがまた良いんですよ。
育てるというのかしら。
人によっては腐食や酸化と言うけれど、
それは時間を共に過ごした証なのです。
お金では買えない、美しいことなのです。

このコは小さいので、お抹茶を入れています。
一時期我家ではお抹茶が流行りましてねえ。
でもヒドいんですよ。
お粉を篩いにも掛けずに点てるものだから、だまだまが出来るんです。
お茶事を真剣になさっている方にとっては言語道断!だと思います。
でも、苦いたまだまが結構美味しかったりもするのです。
あ、負け惜しみだって、分かっちゃった?

そんな私どもですが。
ご多分に漏れず道具から入る! 形が大切!!
だって、モノラバどすえ。
そんな訳で生意気にも、京都の開化堂さんのお茶筒。
 開化堂の茶筒は明治8年創業以来、
 一貫した手作りで130余りもの細かい工程を経ながら
 初代からの手法を守り続けております。

です!!
素晴らしいじゃないですか。

しかもさ、なんて言ったってお茶筒ですよ。
お茶筒、お茶筒。
決して派手ではない。
そこが素晴らしいことだと思います。
だって、お茶筒一筋で明治8年から、ずっと営んでいるなんて、
そうとう意志が強くないと続けられないでしょう。
しかも、手作り。
工程だって、省きたいと思うじゃないですか。
工業化だ、合理化だという言葉には既に過去臭が。
それなのに。
未だに先代が生みだした工程を守って、
もくもくと手作業しているのです。
脈々と受け継がれてきた技術と、無粋な合理化はしない、その志に涙です。

このお茶筒、本当に良くできていて、
縦に伸びている繋ぎ目を合わせて、
上蓋をすぽんと乗せれば、するすると落ちて綺麗に収まるの。
凄いよねえ、この技!
なんでこんな事が可能なのかしら。

そして、そして、この茶さじ、見てください!
薄くつるんとカーブして、何とも言えず可愛らしい。
指にしっくりと馴染みます。
しかも、名前を彫って頂いたのですヨ。ぐふぐふ。


使っているうちに育つということ、
お茶筒作りに特化したきめ細やかな技術。
本当に素晴らしい。
正しく逸品です☆

ochazutsu.jpg
posted by mono at 13:10 | Comment(229) | TrackBack(0) | モノの記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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